昭和49年12月19日 朝の御理解



 御理解 第64節
 「このかたは参って尋ねる所がなかった、氏子はおかげを受けて遠路の所を参って来るが、信心して徳を受けて身凌ぎをする様になれ。」

 身凌ぎをする様になれと仰せられるのですから、身凌ぎの出来る様な信心を目指せと云う事だと思うです。そこであの、身凌ぎをさせて頂く、身凌ぎが出来る様な信心とはと言う所に、焦点を置いて、ま色々な様々な御教えが御座いますから、その教えの中から、そのう、体得して行く事が大事なんです。言うならばもう、誰のお世話にならんでも良い。ね、もう一本立ちと云う事です。自分で誰のお世話にならんでも、やって行けれると云う様な意味でしょうね。
 身凌ぎというのは。だから結局どう云う事になるかというと、神様のおかげを受ければと云う事。ね。物に頼る訳でもない金に頼る訳でもない、人に頼る訳でもない、ね。神様にお縋りさえしておけばという、信心が出来た時にそこに物も人も又は金も、いわゆる人間の幸せの条件と云う物が足ろうて来る。初めて身凌ぎが出来ると、云う事になるのじゃないかと思うです。
 昨夜の御月次祭に、お話をさせて頂ながら改めて気付かせて頂いた事ですけれども、四神様の御教えだったと思いますけれども、する信心におかげはなしと、させて頂く信心におかげがあると仰せられます。する信心におかげはなし、させて頂くと云う事。その事を昨日私は昔の古い「うたかた」の、それも興歌でしょうけれども。真とは尽くしても尽くしても尽くし足りぬ。ね。尽くしてもまた尽くしても尽くしても、まだ足りないのが真だと。と云う様なお歌がある。
 だから私はそういう間は、まだ身凌ぎが出来ていない、信心だと思うです。尽くしても尽くしても尽くし足りない。ね、それを私は私と父の事に付いてから、もう親孝行はいうならば、してもしても足らんのが親孝行だと。ね、それで例えばんなら、親はまあぁだ孝行がしてもらい、足らんごたる事に双方がなって来るのじゃないだろうか。ね、それをさせて頂く、ね。させて頂く親孝行。
 で初めて親も喜び自分も満足出来れる親孝行。親に喜んで貰い。所謂本当に親子が喜びあえれる、親孝行子孝行と云った様な、おかげになって来ると思うです。と云う様なお話を朝から聞いて頂いたですね。私がね言うならば肩を揉んであげましょう、腰をさすってやろうと云う事を言うた事もなければ、小遣いをあげた事もない着物を作ってあげた事もないね、けれども限りなくなら着物にも言わば恵まれ健康にも恵まれる。
 云うならば肩を揉んでくれの、腰を擦ってくれのと言わんで済む程しのおかげを父が受けておったと言う事がです、もしならそれがまあ私が信心と言うと「口はばったい」ですけれども、私の信心で父がその様なおかげを受けておるとするならばです、もう是以上の親孝行はないです。ね、擦ってあげたり撫でてあげたりする事が親孝行ではなくて、そう云う事のない程しのおかげを頂けれる事の願いを子供が親に対して持って、それがおかげを頂いておると云う事。
 お金小遣いを例えば私がその名前ではあげなくてもですね、云うならば私共が返って頂く程に、恵まれておると云う事。私は徳を受けて身凌ぎをする様になれと、だからそういうその徳を受ける所迄が、私は身凌ぎだとこう思うです。そこでそんならどういう信心を例えばさせて頂いたらそういう身凌ぎの出来る様な信心になるかと。久留米の初代石橋先生が、福岡が親教会、そして至純されたのは、またその親である所の小倉の桂先生を師匠として信心の稽古を本気で打ち込まれたんです。
 そしてあの様な大徳を受けられて、それこそ九州でも指折りの大徳な先生になられました訳です。桂先生からは何処までもだから弟子であります。ま特に桂先生は非常にねま口の悪いお方だったらしいですね。例えば福岡のそのう日田の堀尾先生なんか、中々優雅な品の良い先生でしたけれども、目が悪かったですね若い時から。ほでお叱りになる時なんかこの「目だたれ」が、と言うてから仰っておられたそうです。甘木の初代のあの奥様なんかには、この「わらけつ」がと言っておらっしゃったそうです。
 百姓じゃからお前だん何にも分からんと言うてその、怒られたと言う様な話が残っております。ですから成程その話しも本当であろうと、是は善導寺の親先生から頂いた話ですから、もう本当の話しに間違いありませんけれども、ある時の御大祭の後に御直会があった。それこそ九州の偉い先生方がきら星の様に並んでおられる。そこに石橋先生も御直会を頂く為に座っとられたら、一番上座に座っとられる桂先生が、石橋先生に向かって、石橋さんあんたげの息子は馬鹿じゃなと仰ったそうです。
 本当に少し頭が弱くあられました。お小さい時に高いとこから落ちられてね、そして頭を強打されて、そして結局本当にやっぱ頭がお弱い先生でしたけれども、一度御神前に向かわれると、そりゃすさまじい御祈念をなさっておりましたよ。人はドンドン助かっておりました。けれども普通の時は矢張りまあ人が軽く見る様な所が確かに御座いました。それをまあ指摘してね石橋氏、あんた方の息子は馬鹿じゃなと仰った時に、もうそれこそ間髪をいれず、親先生おかげで信心が出来ますと仰ったそうです。
 石橋さんでかしたと言うてね、一番に杯を捧げたという話が残っております。素晴らしいですね。馬鹿じゃありゃどうあるかと言うたって、反対しょうにもならんのだから、例えば言わんでも心に思うてです、この満座の中で何という事を言われる先生だろうかと言うたら、もう唯の人だったでしょう。けれどもそこが矢張り大徳を受けられた。私は身凌ぎと云う事は、何時も自分の心をそう言う風に平生な有り難い心に置いておけれる事を、私は今日身凌ぎと言う風に聞いて頂たいんです。ね。
 自分の身を有り難い事に何時も凌いでおられる訳です。親先生おかげで信心が出来ますと。そこでですなら皆さん様々な難儀を持っとりますよ。健康にもなりたいお金も欲しい。人間関係の上にもおかげを受けたいというので、ま一生懸命まこうしてお参りをなさる訳ですけれどもですね、そんならお金に不自由しておる人が、本当に神様貧乏様のおかげで信心が出来ますと言えれる様になる所までが、私は身凌ぎだと思うです。
 こういう難儀な問題がありますからこそ、眠いも寒いもそれこそ感じんくらいにお参りをさせて頂いておる。その難儀のそのおかげで信心が出来ますと、そう云う信心を身に付けて行く限り、おかげも受けるでしょうけれどもです、信心が愈々楽くうな有り難ぁい信心に成長して行くのです。ほんに此の難儀から救われたら、ね、唯その事だけであったら信心がなくなります。おかげを頂きますと後はだんだん、ね、初めの間は有り難い、有り難いのが一年一年有り難さがなくなって、ね。
 昨日もある所から手紙の、もう是は十年ばっかり続いておる遠方の御信者さんですけれども、御初穂を送って来た。もう是こそ月に一回の遠方からですけれどお礼参りがあっておった。もう大祭といったらもうそれこそ必ずお参りがあっておった。十年余りは。所が此処十年余りお参りが出来なくなって、御初あの御初穂を、御大祭の御初穂を送って来よった。だからその御大祭の御初穂を送って来ながらです、いうなら御大祭にも間に合わない位な心掛けにもなって行きょると云う事が解ります。
 おらぁそれこそ大変なおかげを受けた人です此の人は。ね、現代の医学ではもうどうにも出来ないと云う所を助けて頂いた人なんです。それが段々私が又思う事は御初穂の内容が段々少なくなって行きょると云う事ですね、だからそういうおかげではです、唯その難儀を助けて貰いたいばっかりの信心だったと言う事になるでしょうね、その難儀様のおかげで信心が出来ますと云う所にです信心が成長しないはずがありません。
 だからと身に徳を受ける修行というその、そういう修行をさせて頂いて身に徳を受けてです、例えばどの様にそれこそ普通でいうなら腹の立つような問題がそこに咄嗟に出来ま、いわば石橋さん、あんたんとこの息子は馬鹿じゃなと仰る様な事に直面してもです、もう心の中に何時もそのおかげで信心が出来ると言う事を何時も心に思うておられるから、とっさの場合にとっさにそう言う風に答えが出た訳なんです。親先生それでもおかげで信心が出来ます。石橋さんでかした。ね、
 そう言われる師匠も素晴らしいなら、それを受けて行かれる弟子も又徳者と徳者の、いうならばそこに何と申しますかその出会いというかね、信心の交流というかそういうものを感じます。どうぞ折角信心をなさるのですから、しかも遠路の所を毎日来るのですから。しかもなら朝参りでもなさる方達は、本当にこの寒いのにこの早いのにお参りをなさるのですからね、一つおかげで信心が出来ますという言えれる所の信心をね。
 目指しておかげを頂かせてもらう。そこから身凌ぎの出来れる信心が生まれて参ります。身凌ぎと言う事はいうならば金に不自由する事のない物に不自由する事のない、人間関係は何時も春風駘蕩。何時も自分の心が穏やかであると云う様なです、おかげを頂いた時初めて、又どのような事でも有り難い有り難いと、有り難い方へ頂けれる、いう云うならば心の身凌ぎが出来る時にです、ね、形の上の身凌ぎの出来れるおかげも当然それに伴うて来るはずなんです。ね、そういう信心を皆さん目指して頂きたいですね。
   どうぞ。